漫画の話をしましょうか

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腰乃「鮫島くんと笹原くん」-日常描写の卓越したリアリティ-

コンビニでバイト中の大学生男子の話。
財閥も貴族も出て来ず、権力者もヤクザも芸能人も超能力者もスポーツ選手も超絶イケメンも出て来ない。
仰々しいドラマも怒涛の大河ロマンも非日常的アクションも悲劇的な事故も。何も特別なことは起こらない。車に轢かれたりビルから飛び降りたり不治の病になったり記憶喪失になったり恋人が死んだり、そういうドラマチックな展開はゼロ。
この漫画は、

「普通の男子の普通の日常生活で、何もドラマチックな展開はない話」

である。
なのに何故こんなに面白いのか。
こういうマンガを描かせたら、腰乃さんに並ぶ者は居ない。
わたしは腰乃さんを天才だと思ってる。
というのは、「普通の男子の普通の日常生活で、何もドラマチックな展開はない話」ほど、描くのが難しい漫画はないから。


普通の日常生活ストーリーを描くのであれば、キャラクターは普通から逸脱してるほうが話は転がっていきやすい。反対に、ストーリーがドラマチックに展開していくのであれば、キャラクターを「普通の人」に設定しても、ある程度は面白くなる。
が、普通の人が普通に日常生活を送って、更に何も大きな事件が起きないとなると、本当に難しいんだよ。起伏が無いから。

バクマン」にもこんなセリフがあるくらいで。

 

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これ、まんざらハズレじゃないと思うんだよねー。

 

この漫画の主人公、「鮫島くん」と「笹原くん」は本当に普通の男子だ。
不器用だったり、純情だったり、ヘタレだったり、潔癖症だったり、そういう個性は持ってるよ。
でもあくまでも「普通の男子」の範囲内の個性。「奇人・変人」「稀代の天才」「狂人」に分類されるような逸脱した個性の持ち主じゃないの。
男前だったりもするけれど、それも「普通の男子」の範囲内。モデルにスカウトされたり、学園の全女子のアイドルになっちゃったりするような「漫画にしか存在しないようなイケメン」ではないわけよ。
服装・行動・嗜好・言葉遣い、その全てが普通男子。
このリアリティは凄いとしかいいようがない。
念のため言っとくと「リアル」と「リアリティ」は違う。
実態がどうあれ、「実態に近いのではないか」と読者に思わせるのが「リアリティ」だ。
キャラクターにリアリティがあるというのは、本当に凄いことなのだよ。
「彼らが実際に生きて、考えて、行動している」ように思わせてしまう。
普通の男子を魅力的に描くのは、本当に本当に難しい。
美形男子の何倍も難しい。
鮫島くんも笹原くんも、人間的で、ものすごく魅力的。
なんでこんなに可愛いんだろう、腰乃さんのキャラは。

 

 

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それと「ストーリーの進行上、無くても特に支障は無い」エピソードが満載なのだが、これがとても効果的。こういうところにリアリティって出るよなあ。いや、ホント上手いよ、腰乃さん。

 

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言い争ってるうちにロッカー叩いちゃったら、ロッカーが倒れてきて「さあ大変」なシーン。
これ別にロッカーが倒れてこなくても話の進行上問題は無い。
でも、倒れてきたほうが断然面白いし、リアリティが増す。

 


この話は、鮫島くんが笹原くんに告る所から始まる。
「ノンケの男子が、ノンケの男子に恋を告白する」、これがこの漫画の、作中唯一の「大事件」だ。
あとは何も大きな事件は起こらない。
即、両思いになったりはせず、「友達以上恋人未満」の関係のままの日常生活が続く。
その日常生活の積み重ねの中で、ちょっとずつ、ちょっとずつ、歩み寄っていき、最後にちゃんとカップルになるまでの話。

 

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もう1つの、このひとの凄いところは、「誰もやってない表現」をどんどん生み出すところ。
独自の擬音や擬態語の開発も凄かったが、この作品で凄かったのは鮫島くんの心象風景描写。
鮫島くんはいつも黒い服を着てるんだが、その黒い服に鮫島くんの深層心理の象徴が時々浮き出るんだよね、「鮫」の形で。

 

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「誰もやってない表現」を生み出すのも、本当に難しい。
何度でも言います。
他人様のフォーマットに乗っかって漫画を描くのは簡単、でも自分でフォーマットを開発するのは至難の業です。
それがどんなに小さいことであってもです。
トーンの貼り方ひとつとっても、他の誰もやっていない、自分だけの表現を生み出すのは凄く凄く大変なことなのです。
腰乃さんの擬態語開発や、心象風景描写、このひとの自分の表現に対する独創性は凄い。誰にでもできることではありません。

 

面白かったです!
もどかしくて、じれったくて、手探りで、不器用で、とても人間くさくて、とても可愛い。
「腰乃は苦手」って人にこそ、是非読んでもらいたい。
このひと、ホントに凄い漫画家だよ。

「時代性を超越するのが天才漫画家」と言われれば、そりゃそうだろうと思いますが、「その時その時の時代性を切り取る能力」も一種の天才だとわたしは思ってるので。