漫画の話をしましょうか

ただひたすら漫画の話をするブログ。新旧・ジャンル問わず色んな作品について語りたいです。https://twitter.com/Matryoshka3

尾崎南「絶愛」「BRONZE」-ホモは死ぬ気でやれ。これに尽きる-

私は人ごみと行列が死ぬほど嫌いなのでコミケというものに行ったことがない。 一番暑い時期と一番寒い時期に開催されてるとか何の罰ゲームだよ。コミケに行って体力的に耐えられる自信がない。全然ない。絶対無理。
というわけで商業作品オンリーの漫画読みなので、「同人」というものをまったく経由せずに漫画オタクをやってるわけです。でもそんな私にも同人バブル期に尾崎南高河ゆんCLAMPの情報ぐらいは入ってきたんですよ、友人経由で。つまりそんぐらい売れてたってことです。このひとらは。

 

1980年代後半から90年代初頭のあたりの、「同人バブル」。
どんぐらいすごかったかというと、大手サークルや売れっ子同人作家なら、「キャプテン翼の801同人で都内に一戸建て」を建てられる位凄かったらしい。売れっ子同人作家さんなどは毛皮やブランド物に身を固め、六本木あたりの店を貸切でダンパを開催してたとか、万札飛び交う売り上げをダンボール箱に押し込んで上から靴でぎゅうぎゅう踏んで潰して詰め込んだとか、同人収入で兄弟の大学進学の学費を出したとか、もう恐ろしい逸話がこれでもかこれでもかと。 

 

当時、なんでキャプ翼801同人に腐女子が金を投入したかっていうと、「需要に対して供給が極端に少なすぎた」ってことらしい。まだBLというジャンルが成立してなくて、今みたいに簡単にそういうもの(801漫画)が手に入る状態ではなかった。801読みたかったら同人行くしかなかったわけです。
つまり尾崎南という人はそういう時代の作家さんなんですね。
モノがない時代だったので、こういう作家さんは当時、本当に重宝されたんだな。
尾崎南はその作品だけでなく、本人までもがアイドル化というかカリスマ化していた。
その人気は異常で、作者本人の写真集まで出版されたぐらい。漫画家の写真集なんて誰が買うんだよって感じなんですが、当時の信者さんは買ったんですね。その写真集で尾崎南は 赤いスリップドレスを着て、ビリヤード台に横たわり「女豹のような」ポーズをとっていたことから、某所で「女豹様」と揶揄されるようになりました。
いや、恐ろしい時代でした。


今までのが前置き。
こっからが本題。

今回、7年ぶりぐらいに「絶愛」「独占欲」「BRONZE」を再読しましたよ私。 そういえばまだ完結してなかったんだっけ?最後に読んだのっていつだっけ?どこまで読んだんだっけ?…って記憶をたどったら最後に読んだのが2011年、「BRONZE」14巻まででした。

掲載誌を移して完結したらしいと聞いたのでその最終巻を今回買ってきた。

 

「絶愛」からぶっ通しで読んでみて。

いや、凄かったよ、いろんな意味で。
性描写は今の基準から考えたらそんな多くないんだよ。つーか少ない。おとなしいもんだ。
なんせ「マーガレット」に掲載された「少女漫画」だからさ。「BL」じゃなくてさ。
何が凄いって、これって商業誌に掲載された商業作品であるにもかかわらず、「キャプテン翼の二次創作」の派生物なんだよ。よーするに同人時代にさんざん描いてた「キャプ翼801同人」の世界を、キャラの名前と設定だけちょっといじって、そのまま商業誌に持ち込んだわけ。しかも「マーガレット(集英社)」でだよ?

f:id:snksnksnk:20180905003944j:plain


「絶愛」は、イケメンで女たらしでヤリチンのロック歌手・南條晃司が、ひょんなことからサッカー少年・泉拓人に一方的に惚れてしまい、しつこく追い掛け回してストーキングする。ただこれだけの話。
が、このヤリチンロック歌手つーのが、まんま女豹様の描いてたキャプ翼同人の「若島津健」で、サッカー少年のほうが「日向小次郎」。もう、そのまんま。
若島津健×日向小次郎をよく商業誌で描かせたもんだよ。しかも「マーガレット(集英社)」で。
当時のマーガレット編集部が何考えてたのか真剣に知りたい。
女豹様作品が掲載されるようになってからマーガレットの売り上げUPしたらしいけど。これって腐女子がマーガレット買うようになっただけの話で、801ネタに興味がない普通の読者が離れてしまうのではないかとは思わなかったんだろうか。
尾崎南に関するブログやレビュー等を読むと、「まったくホモに興味がなかったのに、マーガレットでうっかりこの作品と出合って腐女子になってしまった」という内容が結構あったので、「マーガレットを読むような読者にも潜在的腐女子はかなりいる」って踏んだ上での英断なのかなあ。

   ※ご存じない方のために補足しておくと。
    腐女子の素養があるような女子や、女ヲタの女子というのは
    普通「マーガレット」は買わんのですよ。
    腐女子や女ヲタは白泉社新書館や角川に行く。
    「マーガレット」等の集英社系や講談社系は一般女子の読む
    少女漫画の王道雑誌です。


よく「絶愛」「BRONZE」を「BL」だと評する人がいますが。
何言ってんですか、これBLじゃありませんよ。
「少女漫画」ですよ。
キャプ翼二次創作だけどね。それでも「少女漫画」なの。
その証拠に「なぜ男同士でなければならないのか」を懇切丁寧に説明してる。
BLや801同人ならいちいち説明はいらないんですよ。だってそれが「フツー」だから。
しかし、これは掲載誌が「マーガレット」。
少女漫画として、商業作品として、「なぜ男同士の恋愛なのか」を読者に納得させる必要があるのです。少女漫画家・商業作家として「説明責任」があるのです。
で、尾崎南はそのアカウンタビリティに「絶愛」コミックス5冊分を費やしました。5巻のラストのラストでやっとこさ押し倒して本番(ストーキング行為に根負けして受け入れた)。 

f:id:snksnksnk:20180905002730j:plain

 女豹様のアカウンタビリティ

 

 

f:id:snksnksnk:20180905002909j:plain

          ↑

が、いくらなんでもこれは無茶だろう。
「犬や猫」はわかるよ。百歩譲って「植物」もわかるとしよう。
でも「機械」って何さ。
無機物じゃん。

 

 

f:id:snksnksnk:20180905003029j:plain

とにかく熱い。ものすごく熱い。すごい勢いであらぬ方向に暴走しており、よく一般読者はついて行けたものだと感心する。
たかだか色恋沙汰に生きるの死ぬのと10数巻かけてずっと大騒ぎをしている。まだ終わらん。
ずっと終わらんらしい。
今回再読してわかったことだけど、女豹様、紡木たく直撃世代だね。
暑苦しい求愛メッセージで埋め尽くされるこの作品の合間・合間にとんでもなくリリカルなポエムが挿入されてる。
これがなあー。引いたアングルといい、ネームの言葉選びといい、消えいりそうなタッチといい、小文字で書かれた擬音(遠くから音が聞こえてくる感じ)といい、どうみても「紡木たく」なんすよ。

 

f:id:snksnksnk:20180905003148j:plain

このへんが紡木たく



女豹様は自称元ヤンなので「ホットロード」を愛読してても不思議じゃないんだが。
不思議じゃないんだが、不思議なミスマッチです。どっちだよ。


「絶愛」は「なぜ男同士の恋愛なのか」のアカウンタビリティ、その続編「BRONZE」は韓流ドラマなんですが。
「男同士でくっつきました、ラブラブでめでたしめでたし」で終わんないように定期的に(コミックス1冊につき1件ぐらいの割合で)とんでもない災難が降ってくる。何かと高熱は出すわ、交通事故にあうわ、意識不明の重体になるわ、失語症になるわ、女に切りつけられるわ、レイプされるわ、片腕は切り落とすわ、自分の腹刺すわ、靭帯切るわ、交通事故にあうわ(二回目)、下半身不随になるわ、幼児退行するわ、まあ忙しいこと忙しいこと。幾らなんでももう不幸のネタが尽きただろうと思っていたら、まだ「自殺未遂」と「殺人」があったとわ。ス、スゲー。韓ドラでもねーわ こんなの。

でもね、女豹様の言いたいことはよくわかりました。
ようするに

「ホモは死ぬ気でやれ」

ってことです。
これに尽きると思います。

 

あ、あとどんどん絵が下手になっていってます。

フツー「絵は描けば描くほど上手くなる」はず。稀に「どれだけ描き続けても下手なまま」という漫画家もいるが、そういう人は大概、出発点から最低ラインなので「それ以上は下手になりようが無い」という意味で「現状維持」を続ける。
が、尾崎南の場合は「描けば描くほど下手になる」という怪現象が起きており、常識を覆されて心の整理がつきません。何だコレは。高橋陽一の呪いか。

 

f:id:snksnksnk:20180905003322j:plain

「絶愛」ではまともだった輪郭が

 

f:id:snksnksnk:20180905003428j:plain

 「BRONZE」ではこんなことに。

 

 

で、完結編も読んだんだが完結編が全然完結してなかった。尾崎南の必殺技endless end。最終回は無いって本人が宣言しちゃってる。

これは少年漫画でいうところの「俺たちの戦いはこれからだ!」ってヤツか。

 

f:id:snksnksnk:20180905004321j:plain

もうどれだけ時間かかってもいいからちゃんとENDマーク打ってくんないかなあ。

見届けなきゃいけないって義務感というか責任感みたいな感情が発生しててやばいんだけど。

 

 

 

最後に、某所で拾った書き込みを引用します。

>昼ドラは「お前らこういうの好きなんだろ?w」って作っている節があるけど
>女豹様は、自らダイブして「みんなも来なさ~~~い」と叫んでいた

凄く言い当てていると思う。
こんだけ絵が下手でストーリー展開も穴だらけ、にも関わらずあそこまで多くの読者を魅了したのは、女豹様に異様な吸引力があったから。その吸引力はまさに女豹様自らダイブして「みんなも来なさ~~~い」と叫んでいた、そこから来てる。

絵の上手さとかストーリーの整合性とかぶっ飛ばすようなパワーと吸引力を持ってる人はホントにブレイクする。依田沙江美の漫画に「フリーランスの世界は思い込みの強さがものをいう」というセリフがあったけど、まさにその通りだと思う。
新條まゆとかもそういうタイプの漫画家の典型例だと思うのだけど、こういう作風の人は整合性を求めるようになると面白くなくなっちゃうんだよな。あのパワー、エネルギー、突き抜け感、本当にスゴイ。いやホントに私は真剣に、ああいうパワーの強さと思い込みの強さが欲しい。あれは生まれ持った才能であって、努力でどうにかできるものじゃない。真剣にうらやましいです。

 

恐ろしいことにこの人は、たぶんこの1991年の「BRONZE」連載終了から2011年の漫画家商業活動再開までの20年間、もう数年に一度、作品1本を発表するかどうか、ってレベルの開店休業状態。
ちょっと金に困ると「商業誌で作品1本」「同人誌ちょろっと描いて小遣い稼ぎ」。 
こんな生活が成り立ってたことが凄いし、漫画家としてこんな営業スタイルが成り立っていたことが凄いし、こんな漫画家を生み出したキャプテン翼という作品が凄い。

日本のオタクカルチャーの裾野の広さを象徴してるような漫画家だと思うよ、マジで。